7/13/2022

安倍ちゃんと同じ日の葬儀



昨日、葬儀に参列。
この手で棺を担ぎ霊柩車も間近で見送った。
と言っても東京・港区増上寺における、
安倍ちゃんとの永遠の別れでは無く、
熊本市は南区・ファミーユはませんホールで営まれた、
我が義弟の家族葬(参列者5名)。
奇しくも安倍ちゃんと同じ日に荼毘に付されることになり、
記憶に残る葬儀と相成ってしまったが、
当然のことながら少しも嬉しい訳では無い。

享年65歳。
義弟は生まれつき染色体が他人より1本多く(所謂ダウン症)、
性格は凄く温厚柔和だったものの、
体の症状は比較的重い方の部類だったらしく、
当時の医療技術では「恐らく持って10年」と言われていたそうな。
Today's BGM
夏をあきらめて(サザンオールスターズ)
明日への手紙(手嶌葵)
We're All Alone(Boz Scaggs)

ダウン症は「下がる」の意味では無く、発見者ダウン医師の名から

結果、心臓にペースメーカーを埋め込むなどして、
当初の予想より遥かに長く生きられはしたが、
長けりゃいいってモンでは無論なく、
人生の大半を障害者施設か病院で送り、
実家に帰るのは盆・正月の数日のみと、
同い年ながら好き勝手に生きてきた小生とは、
正に大違いの恐らく超不遇な人生。

しかも、最後の数か月は病院のベッドに縛り付けられていたらしく、
彼と顔を会わせたのも通算10回程度、
最後の最後に「冥福を祈る」しか無かった小生には、
非常にやるせない思いがこみ上げてきたんだが、
棺に花を手向ける際、一番上・80になる義姉の、
「もう痛か目に遭わんちゃヨカけんね。ゆっくり休みなっせ」
の言葉に半分救われたような気がした。

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義弟を載せた霊柩車も、これほど長くは無かったが同型。
宮型タイプは最近、中古車がモンゴル辺りに輸出されているらしい

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