1/01/2016

何故「正月」は目出度いのか、という素朴な疑問



大晦日から一夜明けて、今日は新年の初日。
古来「目出度い」とされる日だが、
目出度いのは、何も元日や三が日ばかりとは限らず、
この先、少なくとも1週間ほどの間は、
知人と初めて出会う度に誰もが、
「明けまして、おめでとうございます。本年も、どうぞ宜しくお願いします」
と一様に口を揃え、仰々しく頭を下げるし、
また、相手からも全く同様の挨拶が帰ってくる。
因みに、最初に頭を下げるのは、
目下の方からというのが日本の常識的な作法である。

ところで諸兄は、何故新年が目出度いのかと、
これまで疑問に思われたことは無かったであろうか?
Today's BGM
涙そうそう / BEGIN
虹を歌おう / 赤い鳥
Here Comes The Sun / The Beatles
Softly as in a Morning Sunrise / MJQ
実は小生、今日で数えの61になったんだが、
数え年というものは、ご承知の通り生まれた時点で1歳、
後は正月が来る度に+1歳。
つまり、人は正月を無事に迎えることが出来てこそ、
初めて一人前にもなれるし長生きも出来る、
だからこそ正月は目出度いのだと、
この歳になるまで、てっきりそう思っていた。



しかし、「紀文」によると、
正月が目出度いのは、
神様(年神様)が山から降りてくるからで、
門松、注連縄、鏡餅、お節、屠蘇も全て、
年神様をお迎えするために用意するのだとか。
また、去年の辛い出来事や思いに区切りを付け、
新たな気持ちで再スタートすることこそが、
日本人にとっての正月の一番大事な意義なのだそう。
ということで、本年もどうぞ宜しく。

ポチ「儂へのお年玉は?」

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