12/20/2013

あの「麗子」の絵は70点もあったそうな



大原麗子より有名な「麗子」と言えば、
そう、美術の教科書に載っていた、この麗子。

描いたのは彼女の父親で、
あの黒田清輝に師事した、
大正~昭和初期の洋画家・岸田劉生。
彼は「美しくなれ」との願いを込めて、
愛娘に「麗子」という名を付けたらしいのだが、
この絵を見る限り、どうも名前負けのような…。
本日のBGM
子供たちのためのクリスマス(財津和夫)
すてきなホリデイ(竹内まりや)
A Christmas Song(MONKEY MAJIK+小田和正)
Wish(露崎春女)
実は、下の写真が実物の麗子。
何歳の頃なのかは生憎不明だが、
絵に見られる妖しげな雰囲気は全くなく、
どちらかと言えば、綺麗な面立ちである。
「名前負け」は謹んで訂正させて戴くとしよう。



因みに、子どもの頃の「麗子」を描いた肖像画は、
現存するものだけで50点、
震災や戦災で焼失した作品を含めると、
70点にも及ぶと言われており、
娘の写真すら大して撮らなかった小生としては、
彼の愛娘に対する直向きな愛情には、
正直シャッポを脱ぐ他ない。
(幾つかの作品は、こちらで確認できる)

なお、今日は1929(昭和4)年、
麗子が15歳の時に38歳の若さで夭折した、
岸田劉生の命日。
麗子も、その娘・夏子(現清春白樺美術館館長)も、
画家の道を選んだという。

ポチ「親父は相当な癇癪持ちだったらしいな」

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